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元新聞記者の「世界道中、旅の途中」

元 新聞記者 世界一周旅記録

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【イスラエル・パレスチナ問題】後編・超近代都市とゴーストタウン観光。テルアビブ、ベツレヘム、ヘブロンを巡る。

 パレスチナ自治区にあるヨルダン川西岸の中心都市・ベツレヘムには、エルサレムのダマスカス門からバスに乗って、約1時間で到着する。イスラエル側が建設を進める隔離壁のほか、街の至る場所にイスラエルの占領を批判する落書きが描かれている。バンクシーアートが有名だ。

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 まずは地理を整理しよう

 まずは地図。ガザ地区ヨルダン川西岸地区が一般的なパレスチナ自治区

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 グリーンラインというのは1949年の停戦ライン。隔離壁イスラエル側がテ

ロ防止を名目に、建設を続けている。グリーンラインを大きく割り込んで、隔離壁が建設されているのが分かる。

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地図の出典はいずれも「現代企画室『占領ノート』編集班/遠山なぎ/パレスチナ情報センター」

 

 ベツヘレムのストリートアート、芸術からの反抗

 ベツレヘムに到着し、タクシー(54シュケル、1500円)をチャーターして落書きを巡ってもらう。こうやって街中や壁にストリート・アートが広がる。

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  左がイスラエル人、右がパレスチナ人を表している。暗い「パレスチナの現状」を見学することに期待した僕ら観光客にとって、タクシーの親父の明るい観光地を紹介する感じがなんとも、違和感があった。

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 多くの人が訪れる観光地のため、ポストカードやTシャツがたくさん売られている。日本人の僕にとって、こういう負の遺産的なものをお土産や観光地にしてしまうのは違和感があるが、こういうお土産が売れ、観光地が進むと、パレスチナ人は多少なりとも潤うし、イスラエルに向けた批判のメッセージにもなる。なんとも現地の人は逆境の中でもしたたかに生きている。

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 バンクシーのメッセージは何か

 有名なのは、英国覆面芸術家・バンクシーが書いたバンクシーアート。上の絵は少女が風船を離す絵。下の絵は花を投げる人。爆弾などの武器でなく、花を投げている。爆弾なんて投げずに平和を愛そうぜ、という意味にもとれる。ただ、きれいな花(平和)を投げる人の愚かさを皮肉っている落書きともとれる。

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  ベツヘレムのレストランにて

 落書き観光が終わり、地元のレストランに立ち寄った。パレスチナ人の主人は初めは普通の客として大して興味なく接していたけど、写真を撮ったりしているうちに、仲良くなった。一枚目は「うちの店を撮ってくれよ」って頼まれた。料理を作っている姿も撮ってくれ、次は家族で集合しているのものだ。次々にリクエストしてくる。子どもは僕のサングラスを奪って、この笑顔。

 フェイスブックを交換し、写真を送ると、とても喜んでくれた。「またきてね」って。

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 ヘブロンのゴーストタウン

 ベツレヘムから乗り合いの車で約1時間掛け、 さらに自治区の奥、ヘブロンに向かう。商店街の上に網が張ってあるのは、ごみが投げ込まれるから。イスラエル人による嫌がらせともいわれている。

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 ファイト ゴーストタウン 活気失われる街 

 ここはユダヤ人の入植が進み、イスラエル軍の検問も多くあった。中心の商店街は少しずつ活気を失っている。パレスチナ人のおっさんが自分の住むアパートの屋上から現状を教えてくれた。「ここは数年前はパレスチナ人が住んでいたんだ」と指さす方向にはイスラエルの国旗(パレスチナは独自の国旗がある)がはためいていた。イスラエル人の入植が進み、かつてメインストリートだった場所にパレスチナ人はもう自由に行き来できない。

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 ところどころに「ファイト ゴーストタウン」の落書きがあった。少しずつ生活範囲が狭まり、活気が失われる中、とても切実な叫びにみえた。

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  ユダヤ人にとって、パレスチナ問題はタブーなのか

  エルサレムで数日過ごした後、ギラードとテルアビブで再会した。夜はギラードと奥さん、その友達のおばちゃんとレストランで車に乗って、ディナーに(そのレストラン選びも喧嘩しているみたいに30分くらい掛かった)。地元食を食べながら、寿司の話やポケモンGOの話で盛り上がった。

 

 やっぱり気になるのはパレスチナ問題についてイスラエル人(ユダヤ人)はどう思っているのかってこと。世界的にはイスラエル人が加害者で、パレスチナ人が被害者とみられている。とても微妙な話。切り出せるタイミングが見つからない。

 

 一度、カメラの写真を見せる機会があり、パレスチナ自治区の様子を写した写真を見せた。でもギラードは何も言わず、すぐに違う写真に変えた。ことあるごとに「兵役ってあったの」「イスラエルはテロないの」とかパレスチナ問題につながる話題を出したけれど、すぐに話題を変えるので、ギラードも奥さんも、おばちゃんも、パレスチナ問題について意識的に語らないようにしている印象を受けた。

 

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 いつか 

 翌日早朝、テルアビブから約30分のベングリオン空港から出国すると伝えると(空港で宿泊するつもりだった)、「泊まってけ」ってこれもまた半ば無理やり泊めてくれた。午前6時には出発したいっていうと、早起きしてタクシーを呼んでくれた。食べ物もおいしかったし、親切にしてくれてありがとうっていうと、ギラードは本当に嬉しそうだった。 

 

 イスラエル側は、パレスチナ自治区にもイスラエルの入植を進めていて、最終的にパレスチナ自治区をなくしてしまえば、最悪の解決になる。一番いいのはお互いが歩み寄り、許し合うことだけど、長い歴史の中で、互いに否定したり、殺しあったり、奪い合ったりしている。

 宗教や国は、心の安らぎとか安全をもたらすために生まれたはずなのに、それを理由に争っている。日本人の僕は普通に双方を行き来し、普通に双方と話して、簡単に仲良くなれる。しがらみをとってしまえば、イスラエル人もパレスチナ人も、家族がいるし、おいしいものが好きだし、人に親切にふるまえるし、普通に生活している一人の人間だ。いつかベツヘレムの親父のレストランにギラードが普通に食べに行ける日が来ることを願いました。

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