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元新聞記者の「世界道中、旅の途中」

元 新聞記者 世界一周旅記録

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北京の中国人民抗日戦争記念館に行ってきた。中国から見た戦争、日本から見た戦争を考えた

旅の記録 中国 読み物、保存版

 

  インターネットの旅行サイトでは愛国教育テーマパークって紹介されていましたが、中国ではどのように展示しているのか、見てきました。

 

 抗日戦争とは日中戦争のことで、中国側の呼称です。1937(昭和12)年7月から45年8月に起こりました。
 北京の中心部から南西へ約40分の電車に乗り、バスに乗り継いで到着です。まず大仰な入り口が出迎えてくれました。いかに中国がこの記念館に力を入れているのか、伺えます。中国ツアー客が笑顔で記念撮影する横を通り、入場します。入場料金は無料でした。

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  展示の仕方はいかに

 エントランスホールは中国軍歌や行進曲、年表が展示され、ツアー客はここで人目もはばからずに歌を大合唱し、大喜びでした。中学生の一団もいました。
 展示は、日中戦争の原因ともなる1931(昭和6)年の満州事変から時系列を追って始まります。(満州事変は9月18日に柳条湖で日本陸軍南満州鉄道を爆破した事件から、日本が満州を占領するまでの武力紛争のこと)
 展示の並べ方は日本とほとんど変わらない印象を受けました。当時のモノクロ写真に説明が付され、軍服や兵器が飾られています。中国語と英語で日本語はありません。 

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 同記念館のサイトには「抗日戦争は世界反ファシズムの重要な構成部分でありーーー。世界の正義と平和勢力の勝利でもありました」といった紹介があります。文章や写真は、全体的にこんな雰囲気で展示されていました。

 まず思ったのは、日本と違い、戦争の悲惨さを印象づける展示がほとんど見当たらなかったこと。日本だったら、お母さんと子どもが空襲で逃げたり、日本兵の死体だったりがたくさん展示されている気がします。
 記念館では、中国兵が勇敢に戦っている様子や、中国軍の幹部の紹介写真が多かったと思います。戦争の民兵の英雄の紹介などもありました。

 

 南京大虐殺だけ異様な雰囲気

 次に南京大虐殺のコーナー。まずショッキングな看板。

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 中国語の紹介でも内容は分かります。現代文明史上、最暗黒の1ページ。

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 一部屋全体が南京大虐殺の展示で、他とは趣が違い、子どもの死体や日本兵に刀剣で殺される中国兵の様子を撮影した写真が山程ありました。部屋の中心に「300000余人」の数字。これは中国が主張する、日本人が当時虐殺した人数です。一方、外務省のホームページでは被害者数について、諸説あり、正しい人数は把握できないとしています。日本では「非戦闘員は虐殺してない」「虐殺の事実はなかった」といった右翼的な立場の人もよくテレビに出ています。 
 最後は、日本の政治家の靖国神社参拝など右翼化に警鐘を鳴らし、日中が手を携えて行きましょうって感じで終わりでした。

 

 全然違う戦争観

 来場者は見た限り中国人ばかりで、欧米人はいませんでした。敵国であった中国の博物館だけあって、日本の加害の度合いがかなり強調され、周囲は中国人だらけだったこともあり、かなり居心地が悪かったです。写真も控えめになりました。

 日本では小中学校の時に戦争を学ぶとき、原爆被害者の写真を見せられ戦争の悲惨さが強調されたような気がします。「戦争の悲惨さを学びました」「戦争はしてはいけない」みたいな作文を大量生産しました。中国人はどうなんだろうか、少なくとも、この記念館を見た子どもは戦争は悲惨だったって作文には書かないだろうと思います。
 歴史認識でよく語られるのは原爆投下についてで、アメリカは戦争を早く終わらせるために必要だったけれど、日本は原爆はただただ非倫理だって言います。
 今日、同じホテルにいた「中国人に戦争記念館に行ってきた」というと、とても興味深そうに「どう思った」と尋ねられ、僕は居づらかったといったようなことしか言えませんでした。

 記念館の近くには盧溝橋がかかっていました。 日中戦争は、37年7月7日の盧溝橋事件が始まりとされています。(大日本帝国軍は演習中に実弾が発射され、中国国民党軍と衝突した事件) 欧米では、マルコ・ポーロが「こんな美しい橋は世界どこにもない」といったことから、マルコポーロブリッジって呼ばれてます。  
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 日本軍が打ち込んだ弾丸の跡。
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